タイ行くかい?系の日記
2007年、某大手企業グループの1社に勤めていた36歳シロウが、何を考えたか突然会社を辞め安定した生活を捨てタイへ飛び出した!! 体育会系とは正反対のタイのゆる~い環境でてきと~に書いていきます。気付いたら在タイ9年過ぎてた。


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Author:シロウ
12年以上勤めた日本の会社を辞め、現在タイのバンコクで働いています。

けっして体育会系の人間ではありません。
ゆる~いのが好きです。



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将棋について(その1)
最近、日本中が将棋ブームらしい。

藤井聡太四段が中学生でプロ入りし、
なんと負けなしの29連勝!!(7月1日現在)

米長邦雄の言葉で「兄達は頭が悪いから東大へ行った。
自分は頭が良いから将棋指しになった」というのがある。
それほどの天才達が集まるプロ将棋界で
勝ち続けてるんだから、天才中の天才ですな。

シロウは地味に将棋ファンだったので、
藤井聡太のことはプロ入り前から知っていたけども
タイでも話題に上がるくらいなので、
日本ではすごいことになってるんやろうなあ。

藤井四段のことはテレビで散々やってるだろうから、
そのことには触れず、他のことをメインに書いてみたい。

2016年10月、三浦九段がソフト不正使用疑惑で処分されるという事件があった。
この事件については、後にシロだったということが判明するも
将棋界にとっては非常に暗いニュースであった。
↓その事件の経緯はこちら
http://shogi1.com/miurahiroyuki-soft-ryuousen-3rd/

シロウが最初に将棋ソフトで遊んだのは
中学3年生の時。
当時のソフトはアホな手ばっかりさして激弱だった。
それが、人間より強くなってしまい、
こんなニュースになるとは驚きだ。

この三浦事件は、将棋界のイメージを悪くするニュースだったが、
ほんのちょっとだけシロウは喜んでいた。
というのも三浦九段が処分され、竜王戦挑戦者になんと
丸山九段が繰り上げとなったのだ。
丸山九段はシロウの出身高校の学年が1つ上の先輩で、
ずっと応援していたからだ。

高校時代の丸山については誰も知らないだろうから
この機会に書いておく。
当時はまだプロ入りはしておらず(後に早稲田大学進学しプロ入り)、
アマチュア将棋界では強く、将来プロ入りするだろうと高校内では有名だった。
大事な対局の前には授業中は目を閉じてピクリとも動かず、
精神集中していたという。
成績は数学は非常に優秀だったと聞いたことある。
授業をまともに受けていれば東大にいけるくらい優秀だったらしい。
卒業アルバムには全員が何か一言書くのだが
「二枚飛車に追われる夢を見た」と書いてあった。
その後丸山は順調に成長し続け、タイトルは名人2期と棋王1期獲得。
タイトル戦登場も10回とトップ棋士の1人となった。(千葉県木更津市の名誉市民賞も受賞した)
最近は若手に押され、2流レベル。
ちなみに藤井聡太四段に抜かれるまでは、
丸山が連勝記録2位だった。(24連勝の記録で現在は3位)
現在、竜王戦挑戦者決定トーナメントを行っているが、
このまま藤井と丸山が順調に勝ち続ければ、決勝で当たることになる。
藤井の連勝記録は丸山に止めて欲しい。

シロウの高校は将棋が強い奴が多くて、
授業中しょっちゅう将棋をしてしのぎを削っていた。
シロウもその中の1人だった。
シロウは後に大学時代にアマチュア三段取得。
周りにはシロウに勝てる人は誰もおらず、
40連勝以上した記憶がある。
ちなみにアマチュア三段の実力はどれくらいかというと
『県大会ベスト8入賞レベル。このレベルに到達するまでは相当な努力が必要。
主要な定跡変化や手筋はほぼマスターしている。詰将棋は15手詰が解ける』
↓参考ホームページ
http://将棋の棋力.com/%E5%B0%86%E6%A3%8B%E3%81%AE%E6%AE%B5%E7%B4%9A%E4%BD%8D%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%AE%9F%E5%8A%9B%E7%9B%AE%E5%AE%89%E8%A1%A8/

三段取得後、シロウの中で将棋熱が冷めてしまい
(就職活動とかもあったりして忙しかったせい)その後、ほとんど将棋を指していない。
昨年、オンライン将棋をちょっと指した時は、1級か初段の人といい勝負だったので
今の実力はそれくらいかな。

その2に続く


将棋について(その2)
前回の続き。。。

前回の日記で「藤井聡太四段が29連勝」と書いた瞬間、
30連勝を賭けた将棋で負けてしまった。

まあ連勝はいつかは止まるものだし、連敗も然り。
勝負事とはそういうもの。
藤井四段には輝かしい未来が待っているだろうから、
今後も頑張ってほしいと思う。

シロウが将棋を初めて指したのは、小学校1年の時。
親父が将棋セット(結構立派な駒)を買ってきて、
シロウにルールを教えてくれた。

シロウの実家にある将棋の駒は血のにじむような努力で
ボロボロ
だ。
というのはで、駒がボロボロになったわけは別にある。

将棋を覚えてからは、友達や親父やいとこや弟のゴロウなどと
時々指していた。
当時シロウ家には愛犬のリュウタがいた。
シロウたちが真剣にパチパチと将棋を指していると、
リュウタも一緒に遊びたいのか、駒をくわえて逃げたりしていた。
そのたびに「コラッ、返せ」と追っかけて、口の中の駒を取り返していた。
そんなこんなで、ほぼ全ての駒にリュウタの歯形がついてしまい
ボロボロになってしまったわけだ。

当時はそんな本格的に指してたわけではなく、
戦法も特になく、なんとなく指していた。

中3の時、シロウは福岡県の中学から千葉県の中学に転校し、
転校先の中学校では将棋が流行っていた。
シロウもやるのだが、当時は定石とか全く知らなくて、
「全然勝てねー」状態だった。
強い奴は違うクラスに遠征して指していた。
その強い奴らの勝負を観戦したり、雨の日に部室で指したりしてるうちに
シロウもだんだん強くなって少しずつ勝てるようになっていったのだが、
同じクラスの橋本君にはどうしても勝てなかった。
いつも一方的に攻め潰されて負けてしまうのだ。
悔しい。。。

親父相手に橋本君をマネして攻撃してみたが、
簡単にはねかえされる。
なぜだ?

親父「相手が棒銀戦法で来た場合、こういう風に守るといいよ。
    棒銀戦法の定石だよ。」

初めて定石というものを知った。
んで、本屋で定石本というのを買ってきて研究してみた。

んで、懲りずに橋本君に挑戦。
定石本での研究成果を試した。

橋本君「ん?勉強してきたな?」ニヤリ

結局その後も何度か連敗したが、
いい勝負に持ち込めるようになり
やっと初めて橋本君に勝てた。
その時の勝ち将棋はたまたま橋本君の親父さんが横で観戦しており、
「おー、さすがシロウ君、強いな! 親父さんも強いもんな」と。
シロウの親父と橋本君の親父は同じ会社で知り合いなのだ。

その後、シロウは将棋に結構はまって、
定石本を何冊も読破し、かなり実力をあげた。

親父は会社(某大企業)の将棋大会で準優勝するほど将棋が強く、
シロウが初めて親父に勝てたのは高1のこと。
それはそれは、うれしいというより信じられなかった。

将棋というゲームは定石(先人たちの知恵)を勉強することと、
パズル感覚で詰将棋を解いていれば、1級くらいの実力には誰でもなれる。
それ以上のレベルになるには読みの深さや発想力や勝負勘などが必要になる。

自分の独善的な読みで、自分の指したい手だけを指しても勝てない。
相手が何を考えてどういう狙いを持っているか、
相手の立場になって考えられないと勝てない。 
相手の読み筋を邪魔しつつ自分を少しずつ有利なように持っていく
駆け引きが大切だし、もし不利な展開になった場合は守りっぱなしでも
ジリ貧になっていくだけなので
どこかで勝負をかけなければならない。
そういう勝負勘も必要なのだ。
奥が深い頭脳と頭脳の勝負なのだ。だから面白い。

先日、親父がうれしそうに
「藤井聡太四段すごいね!シロウ知ってる?」と電話してきた。
親父が電話してくるなんて珍しい。
藤井四段の対局はスマホのアプリで棋譜をチェックしているらしい。
肺がんの手術後、あまり元気がなかったが
なんか生きがいを見つけてくれたようで、シロウもうれしい。
藤井聡太四段に感謝。
今度実家に帰った時は久しぶりに親父と将棋を指そうかな。
今は亡きリュウタの歯形がついたあのボロボロの駒で。

【余談】
藤井聡太四段だけじゃなく女流棋士も最近人気があるらしい。

↓現役女子高校生棋士の竹俣紅ちゃん。

https://www.youtube.com/watch?v=QX0KCfuTzoU

↓シロウの好きな女流棋士は鈴木環那棋士。
 アシスタントの鈴木真理じゃないよ。

https://www.youtube.com/watch?v=e2A57U-n2iA



ロッブリー観光
3月25日(土)、ガーンちゃんとロッブリーへ観光。
 
だんだん観光地がマイナーな所になってるのは、
メジャーな所はだいたい行きつくしちゃったから。
 
土日で1泊2日にすれば範囲が広がるのだが、
日曜はソフトボールなので、バンコクから日帰りで行ける所となると
選択肢が狭まってしまう。
 
ロッブリーと言えばヒマワリ畑が有名
満開が11月から1月なので本当はその時期に行きたかった。
今回はしょうがないのでヒマワリは諦め、
その他の観光地を見ることに。
 
バンコクを朝8時に出発して、ロッブリー到着が11時。
サーンプラカーン(お寺)の対面の駐車場に車を停め、
町中を歩いて見て回ることに。
 
サーンプラカーン(お寺)周辺にはがたくさんいて、
ガーンちゃんびびりまくり。
普通に道路を横断したりしている。
 
ガーン「え~っ!? 猿って檻の中にいるのかと思ってた。
     怖い。車の外に出られない!」
 
シロウ「慣れてるから大丈夫じゃね?」
 
サーンプラカーン(お寺)でタンブン。
猿だらけ。

Lobri1.jpg
 ↑ヤクルトを飲む猿たち

Lobri5.jpg
↑人が近くにいても全く気にしない猿たち 

1匹の猿がシロウの背中から頭に上り
ジャンプして飛び降りた。
猿め、何がしたかったんや。
シロウよりもガーンちゃんが驚いていた。
 
市内にはクメール時代の遺跡が点々としており、
歩きながら見て回る。
アユタヤを小規模にした感じ。
Lobri4.jpg
↑ガーンちゃんと遺跡の写真。
 さりげなく柵の上に猿が。
 
ロッブリー国立博物館はクーラーがガンガンに効いているので、
休憩場所としてオススメ。
タイ人は入場料30B。(シロウはタイの免許持ってるのでタイ人価格)

Lobri2.jpg
 ↑貴重なうんこの化石(ウソ)

街中をグルーっと回って、国鉄の駅を見て
駐車場に戻った。
半日あれば十分見て回れる規模。
 
お腹がすいたので、あらかじめ調べておいた
「Sub Lek Reservoir」へ向かうことに。
ロッブリー市街から車で30分くらい。
※グーグルマップで検索可。
 
実際行ってみると、食事処は「Sub Lek Reservoir」より
少し手前だった。
こんな所、日本人はほとんど来てないだろう。
 
湖の上に小屋が張り出しており、
涼みながら景色を楽しんでのビール。うまい。
小屋は50Bで貸し切り。
食事はローカルにしてはやや高め。
めちゃめちゃ濃い味付けでやたら喉が渇く。

Lobri3.jpg
 ↑こんな感じ。
  湖ではバナナボートで遊ぶこともできる
 
気持ちよく酔っぱらって
気付いたら寝落ち。
 
ガーンちゃんに「もう5時だよ。バンコク帰るの遅くなるよ」と
起こされた。
途中寄り道しながらバンコクへ8時到着。

ロッブリーの街は猿に占拠されてることで有名な観光地だが、
住んでる人は大変そう。
自宅の屋根に上ってる猿に石投げつけて追っ払ってる人もいた。
 
【余談】
そういえば、ロッブリーに行く前の晩、
交通事故の夢を見た。
乗用車とバイクが接触したらしく、バイクを運転してた人が
ひっくり返ってピクリとも動かない夢。
ガーンちゃんの話によると、
寝言で「ウバティヘート!ウバティヘート!」と
タイ語でうなされていたらしい。
※ウバティヘート(タイ語)は「事故」という意味。
 
んで、ロッブリーに行く途中、夢と全く同じ状況に遭遇。
偶然とはいえ、びっくりした。