タイ行くかい?系の日記
2007年、某大手企業グループの1社に勤めていた36歳シロウが、何を考えたか突然会社を辞め安定した生活を捨てタイへ飛び出した!! 体育会系とは正反対のタイのゆる~い環境でてきと~に書いていきます。気付いたら在タイ9年過ぎてた。


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Author:シロウ
12年以上勤めた日本の会社を辞め、現在タイのバンコクで働いています。

けっして体育会系の人間ではありません。
ゆる~いのが好きです。



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ウドンターニー
6月29日(土)~30日(日)

一休君と2泊3日のウドンターニーへ旅行。
ノックエアーの航空券は往復2,000バーツ(約6,000円)。安い。

※ウドンターニー・・・イサーン地方の県でラオスに近い。
             ヴェトナム戦争の時に米軍基地があったので、
             アメリカ人退役軍人が多い。

ホテルも1泊380バーツ(約1,200円)。安い。
部屋は一応別々にとった。
清潔でエアコン、温水シャワー、TV、WIFI完備で
広さも1人で泊まるには十分。

到着早々、日が沈んでおらず明るい時間だったが、
バービヤへ出動。
オカマ2人とおねえちゃんが4人。
外見のレベルはイマイチだが、
ウドンターニー情報などを仕入れながら楽しく飲めた。

しばらくすると日本人旅行者も店へ来た。
軽く情報交換など雑談。
ビールを2本飲んで、店を出た。
ビールも1本60バーツ程度(約200円)で安い。

夜遊びの足を確保するために
レンタバイク屋へ。
1泊200バーツ(約600円)

さっそく置屋でも視察に行こうということになって、
一休が以前行ったことがある置屋街へバイクを飛ばす。
念のために言っておくが、シロウは置屋を利用する気は全くない。
味気ないので。
ただ、価格帯や女の子のレベルなどは興味がある。

置屋街に着いたが、日本人と分かると入れてくれない店が多数。
話によると「日本人がYoutubeに動画をアップして大問題になった」らしい。
迷惑な奴だ。

数軒は日本人でも入れてくれたので、調査。
300~400バーツ(約900円~約1,200円)/回
女の子は16歳~20代前半でラオス人ばかり。
まあまあかわいい子もいた。

置屋調査後、バービヤ街へ。
かわいい子がいないかなーと見て回る。
客層は白人が中心なので日本人好みの子はあまりおらず、
正直レベルは低い

一休が「あの店の子がかわいい」というので入ることに。
たしかに日本人好みのかわいい子が1人いた。
しかし、既に他の日本人客に付いており、
チビチビ飲みながら客が帰るのを待つことにした。

待つこと1時間。
なんとキモオタ風日本人、おねえちゃんをお持ち帰りしやがった。
あ~あ、一休残念。

次はローカルカラオケ店へ移動。
一休はオカマを指名。シロウはかわいいおねえちゃん。
1時間ほど飲み。
バンコクのカラオケより安い。

なんだかんだでおねえちゃんのアパートにお泊りすることとなった。
ケータイの音を消して寝てて、
昼過ぎに起きたら一休から着信履歴がいっぱい。
ホテルへ戻って来ないので、心配で何度も電話したらしい。

ホテルへ戻ると受付のおねえちゃんがニヤニヤしながらカギを渡してくれた。

一休がホテルの受付にも「友達が昨日の夜から戻ってきてないので戻って来たら教えて」と
頼んでいたらしい。
どおりでニヤニヤしてたわけだ。
一休、心配掛けてすまぬ。

一休と合流し、バイクで街の中心部から2キロほど離れた大きい公園で
食事をとったり芝生に寝っ転がったりしてダラダラ過ごす。
公園には家族連れやカップルなどが集まっており、
タイ人の憩いの場となっている。
公園にいる人を人間観察(主におねえちゃん)していたのだが、
ウドンターニーの女の子はかわいい子が多い。
会社のタイ人も「ウドンは女の子レベル高いですよ」とニヤニヤしながら教えてくれたのは
嘘じゃなかった。

夜はナイトマーケットへ。
規模が大きく雑貨、衣服、食料品などなんでも揃う。
細かく見ていくと時間がいくらあっても足りないくらいだ。
ナイトマーケットのキャンティーンで夕食。
うーん、かわいい子が多いですな。
ウドンターニーは水商売のおねえちゃんはバンコクに比べるとかなりレベルは落ちるが
一般女性はバンコクよりもカワイイ子の率が高いと思う。
まともな一般女性は外国人旅行者など相手にしてくれるはずもなく、
残念ながら見てるだけでしたけど。。。

ナイトマーケットからバービヤ街へ移動。
ビールを飲みながらダラダラ過ごす。
おねえちゃんがコオロギを食べていたので、
試しに挑戦したら、案外おいしかった。
サクサクしてて絶妙の塩加減が実にビールとあう。
20匹くらいは食べたかな。
一休は「虫なんて食えませんよ」と言って挑戦せず。

イサーン地方は昆虫食文化があるので、
食べる機会があればシロウは挑戦してきた。
今まで食べたのは、イモムシ、カイコのサナギ、タガメ、そして今回のコオロギ。

カイコのサナギは、釣り餌のサナギ粉と同じ匂いがするので苦手だが、
それ以外の虫は美味しかった。

昨晩2回半搾り取られて毒気を完全に抜かれているので、
適度に酔っ払った後、おとなしくホテルへ帰って寝た。

【総括】
旅行前にイメージしていたウドンターニーは、
「埃っぽくて貧しくて閑散とした未開の地」だったのだが、
実際行ってみると、大きいショッピングセンターはあるし、
道路はきれいに舗装されて走りやすいし
バンコクと違って渋滞もなく快適。
意外と都会で驚いた。
夜遊びに関しては、バービヤやローカルカラオケはあるにはあるけど、
日本人好みのおねえちゃんはあまりいないので、
夜遊び目的の旅行にはお勧めできない。
ただ、置屋で若いラオスの子と遊びたい、という人にはいいかもしれない。
街の雰囲気は、昼真っからアメリカ人退役軍人がそこら中で
ビールをちびちびと飲んでおり、全体的にゆるーい空気がながれている。
2泊3日という短い期間だったが、「これ以上ここにいるとダメ人間になってしまうな」という
怖さを感じた。
1ヶ月も滞在したら、社会復帰は相当難しいだろう。

1日目に部屋に泊めてくれたおねえちゃんだが、
バンコクに戻ってからも毎日電話を掛けてきた。
仕事中やら深夜やら出にくい時間ばかりだったので、
一回も電話に出ず放置。
1週間以上電話攻撃が続いたが、諦めたのか掛かってこなくなった。

さて、次の旅行はどこがいいかな?
テーマ:タイ・バンコク - ジャンル:海外情報

タイのシングルマザー
7月1日(月)
ヨダ君と彼女のブムちゃん、一休君と4人でムーガタへ。

ヨダ君は起業して社長をやっている。
新たにスクムビットにオフィスを借りたし、
タイ人従業員を2人増やすなど、順調なようだ。

ヨダ君「サラリーマン時代よりいろいろ大変ですけど、
    やりがいはありますね」

落ち着いたらブムちゃんと結婚するそうなので、
公私とも今後ますます充実することだろう。


7月11日(木)
日本から役員が来ているので、トンローにある割烹雅(かっぽうみやび)にて会食。
料理は美味しいのだが、量が少なくて全然足りず。
会計は8人で22,000バーツ(約66,000円)。
会社負担なのでどうでもいいのだが、やっぱ高いなあ。
飲み会自体も「誰々がどうのこうの」と社内のウワサ話や
仕事がらみの話ばかりで全くおもしろくなかった。
できれば会社の飲み会には出たくないが、これも仕事の内か。しょうがない。


7月13日(土)
1年くらい前のお気に入り按摩師だったプイちゃんと
最近Lineでやりとりをしていた。
まあ、お気に入りといっても2,3回指名しただけ。
プイちゃんが突然お店辞めてしまったからね。

「久しぶりに会いたいね」ということになって
会うことになった。
待ち合わせは、ザ・モール・タープラに5時。
ちなみにインちゃん、ナットちゃんとの初デートもここでした。

待ち合わせ場所にシロウが5分ほど遅刻。
プイちゃんから時間ぴったりに「今どこ?」と連絡あり。
シロウは、タイ人より時間にだらしなくなってしまったのか。。。

日本食レストラン「Fuji」で食事しながら、プイちゃんとお話。
按摩師を辞めてからは、パッタイというタイ料理の屋台を始めたそうだ。
売り上げは好調で忙しいので、ミャンマー人を1人雇っているとのこと。
その他いろいろ雑談。

食事後は喫茶店でまたいろいろ雑談。
「映画でも観てく?」と誘ったら、
「シロウさんの部屋で飲みたい」と。
積極的ですな。

そうですか、では遠慮なくいただいちゃいますよ。ウシシ。ウッシッシ

例によってアパートの警備員にジロジロ見られながら、
シロウの部屋へ。
「新しいおねえちゃん連れ込んでましたぜ」などと
うちの運転手に伝わるんだろうな。
いつもなにやら会話してて仲がいいからね。

梅酒を飲みながら、いろいろお話。
酒が入ると話が止まらなくなる体質らしく、
ずーっと話続けるプイちゃん。

ここらでプイちゃんについて紹介。
・日本人の旦那との間に男の子1人もうけたが
 今はプイちゃんが1人で育てている。
・子供が2歳の時に突然旦那が出て行き以降全く連絡が取れず
 現在は小学生になった。
・子供は日本のアニメや歌が大好きで日本語を勉強したがる。
・旦那からは少額ではあるが、定期的に仕送りがある。

つまり、日本人とのハーフの子がいて、バツイチということです。
まあ、タイの場合は籍を入れないことが多いので、
書類上は未婚の母ということになっているんだろう。
子供を私立の小学校に通わせて、水泳教室などお稽古事もやらせているようなので、
生活は苦しくはなさそう。というか一般のタイ人よりいい生活してるようだ。

今日は子供は友達の家に泊まりに行ってるらしい。

梅酒を飲みながら、当時の話を延々とするプイちゃん。

2歳の子供を抱えて旦那を探しに、勤務先やら行きつけのお店に
毎日通ったそうだ。
しかし、「日本に帰った」と言われるばかりで、結局旦那の足取りはつかめず。
泣いてばかりいて食事も喉を通らず痩せたらしい。かわいそうに。
今はふっきれているように見えるけど。

プイちゃんから当時の旦那の名刺を見せてもらった。
大事にケースに入れて持ってるんだね。
ん? これは・・・
簡単に見付かりそうだけどな。

結局プイちゃんは夜中の1時くらいまで、
飲みながら延々話続けた。
その後あんなことやこんなことをして、朝方プイちゃんは帰っていった。

プイちゃんが帰った後、見せてもらった旦那の名刺を記憶していたので
グーグル検索かけてみましたよ。
結構その業界では地位の高い人なのでヒットした。
確かに一時期日本に帰っていたようだが、
現在はまたタイで仕事をしているようだ。

ちゃんと仕送りを続けていて最低限のことはしているので、
このことをプイちゃんに教えるつもりはないが、
元旦那は自分の子供に会いたくならないのだろうか?

テーマ:タイ・バンコク - ジャンル:海外情報

ダ~イエットは明日から~♪
7月19日(金)
レックちゃんバンコクへ。

「なんでもいいので日本料理が食べたい」とのことなので、
以前から気になっていた「鮪一番(Tuna Ichiban)」というお店へ。
満席で少し待たされた後、店に入ることができた。

↓お店情報
http://www.jiyuland3.com/%E9%AE%AA%E4%B8%80%E7%95%AA-tuna-ichiban/

店のシステムが少々分かりづらく、
食べ放題60分コースと90分コースがあり、
コースによって注文できる料理とできない料理がある。
また、食べ放題ではない通常注文方式もある。
事前に食べたい料理をメニューでチェックして、
どちらのコースにすればよいか確認した方がよいだろう。
ビール飲み放題は+99バーツだったかな。

日本語を話せる中国人が働いているので、
聞くといろいろ教えてくれる。

注文はほとんどレックちゃんにお任せした。
マグロ料理が中心だが、サバやサーモン、
さらにはうどんやカレーライスなどもメニューにある。

しばらくすると、料理がどんどん運ばれてきて、
あっという間に机の上がいっぱいになった。
スゲー量!!

シロウ「こ、これ、全部食うの?」

レック「想像してたより多い(汗)」

「竹亭」や「稲穂」などのレックちゃんと一緒に何度か行った
食べ放題の日本料理屋は、1皿の量が非常に少ないのだ。
そのイメージで頼んだら、とんでもない量になってしまったらしい。
一皿あたりの料理の量が他の日本料理屋の数倍ある。

寿司もでけえ。おにぎりかよ。

シロウ「これ一部キャンセルできない?」

店員「キャンセルはできません。残したら罰金ですよ。(笑)」

レック「がんばって食べましょう」

量を食べるこつは、早食いに限る。
血糖値の上昇が満腹中枢に届く前にひたすら詰め込むのだ。

ものすごい勢いで食いまくるシロウ。

しかし、サバの寿司10カンとマグロの刺身10切程を残したところで
ギブアップ。
寿司も刺身もでかいからね。
いや、もう無理。これ以上食べたらリバースする。
しばらく立ち上がれない。

レック「シロウさん、いっぱい食べたねー!!」

はい、残すと罰金(通常価格で買い取らなければならない)なのでがんばりましたよ。

会計は食べ放題、飲み放題60分+罰金で約1,000バーツ(約3,000円)だった。
罰金払った分は折り詰めにしてもらって、持ち帰りました。

今回失敗したのは、店に入る時間が遅くて、
注文がラストオーダー扱いで、全部まとめて注文しなければならなかったこと。
腹の具合と相談しながら注文していけば、次回は罰金とられずにすむだろう。

店で用意されてるワサビは美味しくないので、
自分で調達して持ち込むのが良いと思う。

帰りはアパートまでゆっくりゆっくり1時間以上掛けて歩いて帰った。

レックちゃん「ダイエット中」とか言ってたのに
こんなんでいいのだろうか。

ダ~イエットは明日から~♪


7月20日(土)
レックちゃんと映画鑑賞。

映画が終わってから、レックちゃんの靴を買いに行くことに。
翌日からカンチャナブリへ旅行するのだが、
レックちゃんの靴だと山道はとても無理なので、
運動靴を買ってあげることにした。約1000バーツ(約3,000円)

夕食はナリ君とレックちゃんと3人でムーガタへ。
ムーガタはナリ君の希望。
2日連続で食べ放題か。
腹いっぱい食べた。

ダ~イエットは明日から~♪ by レック

小倉敦生
タイ・チョンブリを支える“何でも屋”
サッカー協会名誉会長を父に持つ小倉敦生
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/jleague/2013/columndtl/201309130004-spnavi
「父親の影響があったんでしょうね」。タイ・プレミアリーグに所属するチョンブリFCをスタッフとして支える小倉敦生は、「趣味程度」であったサッカー界に身を投じた理由をこう語った。彼の言う父親とは、現日本サッカー協会名誉会長・小倉純二氏。2002年から9年間に渡って、国際サッカー連盟(FIFA)及びアジアサッカー連盟(AFC)で理事を務めた男である。彼は選手経験が皆無でありながら協会の首脳部入りした異色の経歴で知られるが、その息子もまたアジアの地で奮闘する道を歩んでいる。

 チョンブリFCへの入団が決まったのは12年1月のことだった。初めての仕事は「週末から来られるか」という連絡で訳も分からずに訪れたマレーシア。自らの役職はチーム・マネージャーとなっており、AFCアジアチャンピオンズリーグ(ACL)に関するワークショップだった。「チームに入って間もない人間が、いきなりね(笑)」。もはやこういった想定外の連続が日常となっている。

 業務は「言われたら何でもやる」と語る小倉氏。スポンサー営業から提携事業、チームの引率をはじめとした人材交流、さらにはAFCのコーチングライセンス講習会のサポートなど多岐に渡り多忙な毎日を送る。アジアで挑戦を続ける小倉氏に、タイサッカーの現状と、そしてアジアから見たJリーグについて語ってもらった。


父親からは「まあ頑張れよ」
――チョンブリで働くことになった経緯を教えてください

 米国の大学院を卒業した後で日本に帰ってきたんですが、漠然と海外で働きたいなと思い、タイにある日系のIT企業で営業を4年半ほどやっていました。ただ、父親の影響もあったんでしょうね。サッカーの仕事をやりたいなと思い始めたんです。サッカーは体育会でバリバリやっていたというわけでもなく、趣味でやっていた程度なんですけどね。

 たまたまAFCの職員であった日本人の方と知り合うことができて、その縁でチョンブリに紹介してもらいました。日本人の営業スタッフを探しているということで、軽い気持ちで応募したんです。採用が決まったのは1年がかりで11年11月。(なかなか決まらなかったので)帰国して転職活動でもしようと思いましたが、飛行機に乗る20分前に「決まったぞ、明日から来られるか」って(笑)。そこから通常3カ月かかる引き継ぎを2カ月で済ませた後、今度はまだ正式に入団してないのに、「週末からマレーシアに来られるか」とクラブから連絡が来ました。何の用だろうと思って行ってみるとACLのワークショップ。その時点でチーム・マネージャー(海外遠征などの引率責任者)を務めることに決まっていたんです。ACLでは様々なところに行きますが、代表者会議はチーム・マネージャーが出ることになります。チームに入って間もない人間が、いきなり務めることになりました(笑)。

――クラブはなぜ日本人を探していたんでしょうか?

 チョンブリはサッカーのスタイルもマネジメントも、日本流を取り入れたクラブ作りを方針として打ち出しています。アジアの頂点を目指すならば、トップレベルである日本から学ぶことが多いからです。また、チョンブリFCのあるチョンブリ県は東部最大の工業団地があって、そこに日系企業だけでも400社ほどあるんです。そして、バンコクに次ぐ2番目に大きい日本人町もあって、日本人学校があるぐらいのコミュニティーがある。スポンサーや観客動員を含めて、クラブを広めていきたい。そこで日本人を雇うのが一番だとなったようです。

――入団が決まったとき、父親である小倉純二氏から言葉をかけられたんですか?

 何をやっているんだと。あまり前向きではなかったですね。「まあ頑張れよ」ぐらいな感じでした。父親はタイとの付き合いが2、30年あるからよく行っているし、内情をよく知っているんですよね。

――現在は連絡を取り合っているんですか?

 あまりないですね。そもそも会話もお互い苦手なんです(笑)。尊敬はしているんですけどね。最近になって、会話するようになったかなっていうぐらいです。昨年はAFCカップ、ACLのプレーオフに同行したりとか、遠征に行く機会が結構あって、父親の恩恵にあずかることは確かにありました。アジアの中では知れ渡っているし、各国の関係者も知っているので、話がしやすい。とてもやりやすかったですね。


アジア初の外国人採用でのクラブスタッフ
――日常はどのような業務を行っているんですか?

 言われたら何でもやるという感じですね。(チーム・マネージャーだけでなく)営業もしますし、選手育成の交流や提携事業も行っています。社会貢献事業みたいなところで日系サッカースクールの子供達を招待していますし、あとタイの政治絡みで必要な日本の情報を翻訳してくれとか、そういう調査資料の翻訳作業もあります。あとはAFCのコーチングライセンス講習会のサポートをしたり、クラブ・ライセンシング制度の土台作りを同僚と一緒に作っています。

――とんでもない業務量ですね

クラブ上層部からムチャぶりの連続で忙しくなっているというよりは、要領が悪くて振り回されるっていうのが実態ですね。クラブ幹部がタイだけではなく、アジア中でネットワークを持っているので、様々な話が部下に「ちょっとやっとけ」と降りてきます。唐突に言われて、明日までとか。そんな仕事に日々追われている感じです。

――タイの他のクラブには日本人スタッフがいるんでしょうか?

 今年から1人、チェンライというクラブに入りましたね。AFCの人が言うには、去年までは僕がたぶんアジア初の外国人採用でのクラブスタッフとは言っていましたよ。AFCもいい加減なので、本当かどうか分からないですけどね(笑)。


Jリーグ開幕したての頃の熱狂感


08年にはACLに出場したチョンブリFC(青)。この大会で優勝を飾ったガンバ大阪とアウエーで引き分けるなど健闘した

08年にはACLに出場したチョンブリFC(青)。この大会で優勝を飾ったガンバ大阪とアウエーで引き分けるなど健闘した【写真:Takamoto Tokuhara/アフロ】
――タイの観客動員や人気面はどうでしょうか?

(観客が)入るチームは入ります。うちはスタジアムが小さくて8600人なんですけど、その60、70パーセントは常に入っています。大きいチームだと、例えばAFCに出るブリーラム・ユナイテッドは20000人ぐらい入るスタジアムを持っています。田舎のチームだと娯楽がないので常に満杯、とても熱狂的です。20000人入るスタジアムが満員で、なおかつ外に2000人ほどがパブリックビューイングをしているというチームもあります。しかも毎節ですからね。Jリーグが開幕したての頃の熱狂感、懐かしい感じの雰囲気はありますね。

――日本人選手も多くタイに進出していますよね

 今年は40人くらいの選手が来ています。ただ、実際に活躍している選手は少ないですね。タイ人の評価だと10人もいないのではないでしょうか。試合に出ていても、外国人助っ人としての評価が高い選手は少ないかなと。

――タイにはどのような選手が来ているんでしょうか? Jリーグではプレーすることが厳しくなった選手たちでしょうか?

 そういう人もいますし、そもそもチャンスがなかったからこっちに来た人もいて一概には言えません。実際、J1の選手が来ても、契約に至らずに帰ってしまう人もいます。向き不向きがあるんですよね。Jとは違うスタイルなので。日本だったら評価されるでしょうけど、あくまで外国人助っ人なのでスーパーな存在でかつ、目立たないといけません。そういったアピールの仕方が上手じゃない人もいますね。

――日本人が増えたとしてもあくまで助っ人であって、そこの意識がないと困ると

 あとはJリーグにはJリーグのスタイルがあって、絶対に向いていない選手がいるわけです。それを都落ちと考える人がいてもいいとは思いますけど、向き不向きで合うリーグがあればそこのリーグでやった方が、J2とかJ3でやるより観客動員数も多いし、選手としても幸せだと思います。タイ・プレミアリーグでプレーしている選手はたぶんJ2より貯金を持っている選手が多くいますよ。

――給料など待遇面はどうなんでしょうか?

 良い選手はいるみたいですね。チームによって住む家を提供してくれるところもあれば車も提供してくれます。生活費が安いから日本より当然お金を使わないし、貯金を考えたらタイの方がお金は貯まるのではないでしょうか。


タイ人は「サバイサバイ」体質


12歳以下の大会に出場するため、来日したチョンブリFC(赤)。高いテクニックを見せていた

12歳以下の大会に出場するため、来日したチョンブリFC(赤)。高いテクニックを見せていた【スポーツナビ】
――今回の大会(U−12ジュニアサッカーワールドチャレンジ)に出場していますが、育成組織として20年以上の実績があると伺っています

 昨年から変更を加えまして、全寮制になっています。宿舎で生活し、ホームスクーリング形態ですね。このような海外の大会に突発的に呼ばれても行けるようにしたいので、県の認可をもらって学校のスケジュールに左右されないようにしています。ここ数年、トップチームに上がってくる割合が悪かったので、新しいやり方にしました。

――タイの他のクラブはどうなんでしょうか?

 チョンブリはこのような取り組みを20年以上やっていて、これまでチョンブリ経由でタイ代表選手を100人以上輩出した実績を持っています。2、3年前まではチョンブリくらいしかアカデミーはありませんでしたが、ここ最近はムアントン・ユナイテッド、バンコク・グラスFC、ブリーラム。といった国内の強豪クラブが活動を始めています。

――五輪年代くらいまで強くて、そこから伸びないというイメージがタイの選手にはありますが

 そうですね。大人になってお金を持ってしまうと向上心が消えてしまう。タイ人は内弁慶な体質なので、海外に行きたがらないというのもあります。無理してまで苦労したくない、であれば現状維持がいい。「サバイサバイ」という言葉があって、日本語で「心地いい」という意味なんですけど、「サバイサバイ」体質です。

 実際J2のチームから移籍オファーが来た選手がいましたが、即答で断っていましたね。「(日本サッカーは)つらいし、プレッシャーがきついし、絶対行きたくない」って。家族と離れるのが何より嫌なんですよ。ホームシックにかかりやすい。そこを直すためにも、うちは親元から離して全寮制にしているんですよね。

――選手たちを海外に連れ出すのも大変ですね

 その取り組みの一環として、昨年はヴィッセル(神戸)さんのところに2カ月半くらい留学させてもらったりしています。

――神戸の話が出ましたが、クラブ提携(※12年3月に業務提携を発表)の目的は何でしょうか?

 人材交流が第一の目的ですね。提携したところでトップチームを動かすことは、手間がかかるしお金もかかるし、双方にとってメリットはそんなにないと当初はお互いに見ていました。当時の叶屋(宏一)社長と話していても、まずはできるところから、無理せずに身の丈に合ったところからやりましょうと。

――なぜ神戸だったのでしょうか?

 一番最初に(交渉に)来てくれて、あとはお互いにやるメリットが一緒でした。日本で(人材交流を)やらせたいこともあり、そういう機会も与えてもらえるし、あとは指導者の方にも、将来的にはこっちを支援してほしいと思っていました。クラブとしては即決でしたね。

――将来的な展望はどう考えていますか?

 昨年、「ヴィッセルカップ」という大会に招待されて行きましたが、できれば選手やコーチを交流させたいと考えています。今度神戸から育成年代のコーチを派遣してもらうという話も出ているし、日本の指導方法や経験に実績、ノウハウを教えてほしいと思っています。

 タイは指導者こそたくさんいますが、向上心と経験がありません。だから、意識改革をさせないといけないと思います。あとは育成年代からJリーグにデビューさせたいっていうのはありますが、現在は18歳以下での海外移籍は禁止なので、そのルールがなんとかならないかなと、AFCとかとも話をしています。


アジアの問題はノウハウと人がいないこと
――現在、Jリーグはアジア戦略を唱えて行動していますが、外から見てどのような印象を持っていますか?

 取り組みは面白いので、もっとどんどんやってほしいなと思っています。欲を言うと、例えばリーグ運営を正常化するためのノウハウを与えることは大事なんですが、最大の問題はそれを運用する人間がいないことです。そういう人をもっと(各国に)送り込めたら面白いだろうなと思います。それこそ審判の質が明らかにJリーグより悪いので、定期的に審判講習会をやる、そういう日本がヨーロッパと定期的に行っているように、日本人の審判員を常駐させる取り組みができたら面白いのではと思います。

――日本ほどちゃんとした国はないと強調されていましたね

 日本はいろいろな側面でちゃんとしていますよ。こちらでは、リーグが一回試合日程を組んでも、そのスケジュール通りにやるっていうのが奇跡ですからね(笑)。2日前くらいに試合がキャンセルとかありますから。(他の国でも)そういうことはありますよ。

――アジア戦略というと、どうしてもテレビ放映権などといったことが目立ちます

 アジア戦略について、いろいろな方が理想論を語ることは誰でもできるんですよ。ただ、実現に向けて現地とのギャップがあります。その国の文化を踏まえたうえで、現地の人はそのゴールに持っていくプロセスを期待しているわけで、ゴールだけ突きつけられても、「だから何?」って思いますよね。そこまで持っていくための手段であり、協力、人的支援っていうのが必要であり、期待されてます。


アジア独自の文化を取り入れたクラブ作りを
――タイ人はJリーグをどういう風に見ているんですか?

 正直な話、あまり見られていません。人気はイングランド・プレミアリーグがぶっちぎりで一番です。ACLで対戦する時に見るくらいじゃないですか。ただレベルが高いっていうのは認識していますね。でも、ACLに出て、やっぱりJリーグって勝ってないですよね。結構皮肉を言われるんです。4チームも出していて全然優勝してないって。それを言われるとやっぱり耳が痛くなりますね。

 ACLで勝つインパクトって、アジア中に認識されるチャンスなので、ビジネスチャンスになるはずだし、人的交流も、例えば対戦相手のところに行って話したりとか、どういうことをやっているかとか良い機会でもあるはずですが、それができていないように思います。

 アジア戦略を通じて、今いろいろと(各国と)コミュニケーションを取っていると思いますし、これからかなと思っています。

――コンサドーレ札幌にベトナム代表のレ・コン・ビンが来たことで、サッカーファンのアジアサッカーに向ける注目も高まってきています

(ベトナムでの注目度も)高いですね。それこそアジア戦略が実った第1例だと思います。似たような事例で言うと、チョンブリでも今年、インドネシア代表のエースであるイルファン・バフティムという選手を獲得しました。インドネシアでは国民的スターの選手です。彼は実力があるし、ビジュアルもいいし、人もいいので、世界的企業のCMに出ていたんですよね。そういう選手が活躍できたら、様々なスポンサーから声がかかります。それに、もし日本企業が現地に進出しているのであれば、彼を使って広告を打つこともできるのではないでしょうか。実際にインドネシアから多くの取材陣が訪れ、実現はしませんでしたが、スポンサーの話も出ました。ユニホームの仮発注が数百枚来たりしましたね。

――最後に聞かせてください。今後はどのような取り組みを行っていきたいですか?

 とりあえずは自分がクビにならないようにスポンサーをつけることですね(笑)。でも新しいアカデミー施設を作っていますが、それがもうスタジアム付きで芝生が4面、人工芝が1面、あと宿泊施設という形で、国際大会が多く開催できるようになります。そこで新しいビジネスモデルを考えたいなと。作ったものに対して、利益を上げられるような収益構造を作りたいですね。

 今はクラブとしてアジアでナンバー1というより、ASEAN地域でロールモデルとなるクラブづくりを目指しています。東南アジアをステップに、こういうクラブになりたいなという目標になれればいいなと考えています。アジアはアジアで独特の文化があるので、その文化を反映したクラブづくりを目指したいですね。

<了>