タイ行くかい?系の日記
2007年、某大手企業グループの1社に勤めていた36歳シロウが、何を考えたか突然会社を辞め安定した生活を捨てタイへ飛び出した!! 体育会系とは正反対のタイのゆる~い環境でてきと~に書いていきます。気付いたら在タイ9年過ぎてた。


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シロウ

Author:シロウ
12年以上勤めた日本の会社を辞め、現在タイのバンコクで働いています。

けっして体育会系の人間ではありません。
ゆる~いのが好きです。



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離婚話スタート
2009年3月31日までの日記を公開し終え
ちょうどキリがいいので、たまには日本時代の話題でも。

まだ記憶があるうちに「離婚の時のこと」を
書いてみたいと思う。

智紗との出会いは、大学時代のテニスサークルだった。
ただのサークルメンバーの一人で
特に意識したことも無かった。

それが、あの1本の電話から2人の関係が
大きく変わっていった。

シロウはサークルの主要メンバーの1人で、
サークルのメンバーのうち数人は
出欠連絡をシロウにしてきていた。
そのうちの1人が智紗だった。

その日シロウは風邪をひいていて声が出ない状態だった。
智紗から電話があった。
たぶんサークルの出欠連絡か何かだったんだろう。

シロウ「も・し・も・し」(←かすれ声。)

智紗「どうしたんですか?声が変ですよ?」

シロウ「風邪を・ひい・て・て・あ~・声が・・・」

智紗「大丈夫ですか?」

シロウ「だい・じょ・うぶ・だよ」

智紗「食事とかちゃんと食べてます?」

シロウ「そ・と・に・出るのが・つら・いん・で
    とりあえず・カップラーメン・と・か」

智紗「ちゃんとしたもの食べないと治らないですよ。
   これから持って行くんで食べてください。」

こんな電話内容だったと思う。

都内の杉並から埼玉のシロウの部屋にわざわざ
バイクで高速道路を飛ばして来てくれた。

食材を買ってきて、シロウの部屋で料理するという。

見てるとかなり危なかしい手付きで「大丈夫かな?」と
思って見ていたが、料理はおいしかった。
その時のメインは今でも覚えていて、
カジキマグロのソテーだった。

「明日も来ますね。」そう言って智紗は帰って行った。

そして次の日も智紗は料理を作ってくれた。

よく覚えていないが、なぜか
シロウの部屋に泊まることになった。
その夜は特になにも起きなかった。

風邪はなかなか良くならず。
智紗はもう1泊することになった。

どういう流れでそういうことになったかよく覚えてないが、
布団の中でくすぐりあったりしてじゃれあっていた。

シロウ「風邪うつしちゃおうかな」

そう言って智紗に軽くキスをした。

その後は自然の流れで、男女の関係になってしまった。

これが智紗と付き合い始めたきっかけだった。

続く。。。


埼玉→富山→新潟→千葉
前回の続き。。。

時は流れ、シロウは埼玉の大学を卒業しサラリーマンとなった。
入社後半年間は富山で研修と決まった。
遠距離恋愛のスタートである。

智紗が時間の許す限り富山まで来てくれて
シロウ達の関係は続いた。

半年間の富山研修が終わり正式な勤務地が決まった。

なんと新潟。

当時、研修先のブロックでは気に入った新入社員を
1人ブロックに残してもいい、という暗黙ルールがあって
北信越ブロックで研修を受けた4人のうち
シロウ1人が残されることとなった。
事前に北信越ブロックの人事部長から
「おまえは北信越に残るんだぞ」と言われてて、
冗談だと思っていたら本当にそうなってしまったのだ。

人事部長に気に入られなかったら、
関東に戻れたかもしれなかったのに。

遠距離恋愛は続く。。。

しばらく新潟と東京を行ったり来たりしていた智紗だったが
新潟に仕事を見つけ就職してしまった。
同棲生活のスタート。

思えば智紗との関係は、この時が一番良かったと思う。
お互い会社の人くらいしか知り合いがいないので
いつも週末は2人でいっしょに公園へ行ったり釣りに行ったり
スキーに行ったり。

新潟の冬は辛く厳しかったが、
いつも智紗と一緒にいることができて幸せだった。

シロウは「30歳くらいまでに結婚できれば」と思っていたのだが、
相手の親からの軽いプレッシャーもあり、
責任を取って結婚することに。

26歳の時のことだった。

結婚式は都内で。
新潟から会社の上司も招いた。
永遠の愛を結婚式で誓ったのだが。。。

結婚して約1年後(新潟在住3年3ヶ月)、
シロウの東京本社勤務が決まった。
念願叶って関東へ帰ることができたのだった。

新居は千葉県船橋市へ。

今思えばうれしかったはずのこの転勤が
離婚へ大きな影響を与えることになった。

智紗はシロウの転勤に合わせ仕事を辞め、専業主婦となった。
専業主婦は暇である。

当時、智紗は25歳であった。
智紗の地元である東京の友達連中はまだ結婚しておらず
友達と一緒に遊ぶため外出することも多くなった。

シロウはシロウで、毎日の満員電車通勤と
慣れない本社勤務で疲れ果てていた。

土日は家でのんびりしたいシロウと、
普段暇で遊びに行きたがる智紗。
少しずつお互いの距離が遠くなっていったのかもしれない。
とはいえ、毎日シロウに愛妻弁当を持たせたりと
家事はしっかりしていた。

そしてある休みの日のこと。

智紗は「友達の引越しの手伝いをしなきゃいけなくなっちゃった。
夜遅くなるよ。もしかしたら徹夜作業になるかも。」と言って
出掛けて行った。

普段、シロウは家のパソコンに全く手を触れなかったのだが
「智紗もいないし暇だなあ。パソコンでもいじって遊んでみるか。」

パソコンをいじってるうちに
とんでもないものを見つけてしまったシロウであった。

ん?

な、なんだこれは!?

いったいどういうことなんだ!?

続く。。。


浮気の証拠
前回の続き。。。

ん?

な、なんだこれは!?

いったいどういうことなんだ!?


智紗と見知らぬ男とのメールのやりとりが大量に。
しかも1人ではなく複数だ。

男A「智紗ちゃん、今度いつ会えるの?」

智紗「●月●日はどう?旦那にはうまく言っておくから。
   全然疑ってないみたい。」

また他の男とも、、、

男B「やっと会えるんだね。」

智紗「旦那には『引越しの手伝いする』ってことにしてあるわ。」

今日のことじゃん!!

過去のメールのやりとりを読んでいくシロウ。

男Bはどうやらネットで知り合った大学生のようだ。
しかも盛岡在住。
ということは新幹線で行ったのか?

裏づけを取るため銀行通帳を見ると
数日前に6万円が引き出されている。

旅行費用か!

まさか、まさか、智紗が浮気していたなんて!

今まで微塵も想像したことがなかった。

シロウは毎日満員電車で通勤し疲れ、
仕事は締め切りに追われ、
ストレスが溜まりまくっているというのに!

しかもシロウの月の小遣いは2万円で、
タバコの本数を気にしたり、同僚との飲みも控え、
趣味の釣りとか野球観戦にはあまり使えず
我慢した生活を送っているのに!

「将来は家を建てるためにがんばって貯金しましょう。」
という智紗の言葉を信じて頑張っていたのに、
自分は男との浮気で6万円かよ!

怒りが込み上げてきた。

とりあえず浮気の証拠となるメールを全てフロッピーディスクへ保管。
怒っていても意外と冷静に行動する自分が怖い。

あとは智紗が帰ってきてからどうするか、だ。
その日の夜は眠れなかった。

翌日夕方、智紗が帰ってきた。

智紗「ただいま~、ふ~疲れた。」

シロウ「お帰り、お疲れ様。」

彼女を注意してみると、引越しの手伝いにしては
ちょっとお洒落すぎる。

すぐにでも聞きたい気持ちを一生懸命落ち着かせるシロウ。
夜、彼女の母親と一緒に3人で食事をする約束になってたので
それまでは普段どおり過ごそう。
話を切り出すのはその後、2人きりになってからだ。

3人で食事。
当然、食欲なんかあるはずもなく
ほとんど食べれなかった。

帰り道、智紗が「今日は元気ないね?どうしたの?」と聞いてきた。

シロウ「分からないの?自分の胸に聞いてみな。」

その後、沈黙が続く2人。

家に着いて智紗が先に口を切った。

智紗「さっきのこと、どういうこと?」

シロウ「分からないの?オレは全部知ってるんだ。
    そこに座って正直に話せ。」

智紗「なんのことか分からないんだけど。」

シロウ「昨日からどこ行ってた?正直に話しなさい。」
智紗の表情が変わっていくのが分かる。

智紗「昨日は友達の引越しの・・・」

シロウ「うそつけ! 正直に話せと言ったろう?」

そして智紗は覚悟したのかゆっくりと話し始めた。

続く。。。


別居生活
前回の続き。。。

智紗は昨日のことについてゆっくりと話し始めた。

盛岡に行って男と会っていたこと、知り合ったきっかけは
オンラインゲームとのこと。
どういうゲームかというと、
オンライン上で仮想の学生生活を送って
部活をしたり恋愛をしたりするというもの。
ゲームの中で恋人同士になった彼と
実際に会ってみたくなったらしい。

智紗は「でも、彼とは何もしていない」と言った。

シロウ「昨日以外にも他にも男と会っていただろ?
    そのことについても全部話して。」

智紗「どうしてそんなことまで知ってるの?」

シロウ「いいから、話しなさい。」

智紗は覚悟を決めたのか、話し始めた。
すると、出るわ出るわ、シロウが持っていた情報以上のことが。
他に定期的に会っていた男が2人。

智紗の話しをずっと黙って聞いていた。

智紗「ごめんなさい。。。」

シロウ「立て!目をつぶって歯をくいしばれ。」

智紗の顔をビンタした。

「ワーッ」と泣き崩れる智紗。

シロウ「オレの心はもっと痛い。」

智紗「実家に帰ります。」

シロウ「こんな時間から危ないだろ?興奮してるから
    事故るかもしれないし。」

智紗「だいじょうぶ。今日はここにはいれない。」

智紗は車のカギを持って出て行った。

1999年のゴールデンウィーク頃のことである。

数日後、会社から帰ると夕食が用意されていた。
そして置手紙も。
「しばらく実家にいます。」と。

智紗の洋服の大部分が無くなっていた。

週に1回ほど智紗はシロウが会社に行ってる間に部屋にきて
掃除や洗濯をしていた。

智紗がきちんと謝ってきたら、
「全てを許してまた一からやり直そう」と思っていたが
智紗から連絡は無かった。

週1回来ていたのが、2週間に1回になり、月に1回になり、、、
間隔が徐々に伸びていった。

ある日、シロウの母親から電話があった。
「最近智紗さんから電話がないけど、どうしたの?」
どうやら昼間よくシロウの母親に電話を掛けていたらしい。

シロウ「智紗は実家に帰ってるよ。」

母「え?なんで?」

そして今まで起きたことを説明した。
実家にて親父も含めて急遽家族会議をすることになった。

父「んで、どうするつもりなんだ?」

シロウ「智紗が謝ってきたら許そうと思う。」

父「もう3ヶ月も実家に帰ってるんだろ?
  家事も放棄してるし、妻としての責任を
  果たしてないじゃないか、早く別れたほうがいいぞ。」

母「シロウの気持ちを尊重してしばらく待ってみたら?
  智紗さんもまだ気持ちの整理ができてないかもしれないし。」

父「なんにせよ、早く結論を出した方がいいぞ。
  こんなことだらだら続けてても何の得にもならないからな。
  時間の無駄だ。」

結局のところ、あと1ヶ月ほど智紗からの連絡を
待ってみることになった。

そして期限が切れる直前の8月後半、智紗から電話が掛かってきた。

智紗「もしもし、シロウ?・・・」

続く。。。

涙の誕生日
前回の続き。。。

智紗「もしもし、シロウ?・・・
    元気にしてた?」

シロウ「うん、まあ仕事も落ち着いてきたし
     元気だよ。」

智紗「そう、良かった。。。ところで
    もうすぐ誕生日だよね?
    何か欲しいものある?」

シロウ「う~ん、特にないかな。あっ、そうだ、
     靴ヒモ買ってきて、今日切れたから。」

智紗「誕生日の日、有楽町のマリオンの時計の下に●時来れる?」

シロウ「うん。」

智紗「じゃあ、また。」

電話では冷静を装っていたが、なぜだかドキドキした。
自分の妻からの電話にドキドキするなんて。

この時は「またやりなおせるかもしれない」という
期待があったんだろうね。

そして待ち合わせの日。
シロウの28回目の誕生日。

智紗に会うのは約4ヶ月ぶりだ。

待ち合わせ場所に智紗は先に来ていた。
シロウを見つけると一瞬笑顔が見えたが、
すぐに硬い表情になった。

シロウ「痩せたね。」

智紗「うん。。。」

痩せて茶髪になっていた。

智紗に案内されて、食事を一緒にとることに。

智紗「はい、誕生日プレゼント」

シロウ「ありがと。」

靴ヒモが手渡された。

誕生日プレゼントが靴ヒモなんて滑稽な話だよな、
と思いながら靴ヒモを見つめていた。
靴ヒモが切れたのも、何かを暗示していたのか。。。

食事を取りながら、シロウは智紗からの謝罪の言葉を待っていた。

ところが、、、

智紗「シロウ、私いろいろ考えたんだけど、
    あなたのところには戻れない。
    離婚してください。

それを聞いた瞬間、涙が溢れてきた。
人前でまさか自分が泣くことがあるなんて
思ってもみなかったので、自分でもびっくりした。

智紗「ごめんなさい。。。」

ハンカチで涙を拭きながら智紗を見た。
彼女は無表情で、表情からは何も読み取ることはできなかった。

智紗「詳しいことは後日話し合いましょう。
    また連絡するわ。」

智紗は自分の分だけお金を置いて、先に帰って行った。

一人残されたシロウは、口の中に残ったハンバーグを一生懸命
飲み込もうとするが、口がカラカラに渇いて飲みこめない。
唾液が全く出ないのだ。

涙が止まるまで待ってから、会計を済ませ帰った。

翌日、実家に帰って親に結果を連絡した。

シロウ「離婚することになったよ。」

父「うん、それがいいよ。シロウの歳だったらまだやり直しがきくし
   早くて良かったじゃないか。すぐにまたいい子が見つかるよ。」

親父なりに慰めてくれてるんだろう。

母「残念だわ。まさかこんなことになるなんて。」

父「裁判とか面倒なことはするなよ、
   時間を掛けずにすぐに終わらせるんだ。」

智紗は「また連絡する」と言ったが、いつまで待っても連絡が来ない。

そうこうしてる間に1ヶ月が経とうとしていた。

しょうがない、こっちから連絡するか。

シロウ「離婚の件、話し合おうと思うんだけどいいかい?」

智紗「もうちょっと待って欲しいんだけど。」

シロウ「もうあれから1ヶ月近く経つよ。
     早くすっきりした方がお互いいいよ。」

智紗「そうね。。。じゃあ、今度の土曜日私の実家に来てくれる?」

シロウ「わかった。」

智紗の実家ということは、アウェイに一人で乗り込むということか。

次回、智紗の実家にて離婚の話し合い。

続く。。。。


離婚届け
前回の続き。。。

智紗の実家へ離婚の話し合いに。
智紗の母親も同席。

智紗母「智紗、ほんとにやり直せないの?」

智紗「お母さん、もう決まったことなの。
   今日はその話し合い。」

シロウ「私としてはなるべく速やかにこの件は
    終わらせようと思っています。今回の件は
    智紗さんに原因があったので、財産分与等は
    いっさい無しということでいいですね?
    勝手に出て行きましたし。」

努めて事務的に話しを切り出した。

智紗「なによ、私が全部悪いの?
   私がこうなったのもあなたが全然
   構ってくれなかったからじゃない!
   新潟の時は会社帰りに一緒に外食したり、
   休みの日はいつも公園とか連れて行ってくれたのに。」

シロウ「慣れない仕事で疲れてたの分かってるだろ?
    オレもできればそうしたかったよ。
    でもたまに釣りに行くときとか
    一応声掛けたじゃん。それにしても、
    やっていいことと悪いことがあるだろ?」

智紗「夜の生活だって、回数が減ったじゃない!
   だからこういうことになったのよ!あなたにも
   責任はあるわ!」

黙って見ていた智紗の母がここで口をはさんだ。

「いいかげんにしなさい!2人とも!」

智紗母「今回の件ですが、嫁入り道具は
    返してもらいます。その他の財産は
    全部シロウさんに残すってことでいいですか?」

シロウ「それでいいです。」

智紗「・・・・・。」

シロウ「智紗、いいね?」

智紗「うん。。。離婚届けはこっちで準備して送るわ。」

多少感情的になってしまった部分はあったが、
大してもめることなく話し合いは終わった。

数日後、智紗から荷物引き取り日の連絡があった。

荷物引き取り日当日、智紗の友達の菜穂子ちゃんも一緒に来ていた。

菜穂子ちゃんは何度かシロウも会っているので知っている。
気まずそうにシロウに目礼だけすると、
智紗の指示で荷造りを始めた。

菜穂子「ねえ、ほんとにいいの?」

智紗「もう、決まったこと。」

話し声が聞こえてくる。

部屋に居づらいので、出かけることにした。

数時間後戻ってみると、トラックが来て
荷物を運び出しているところだった。

部屋に結婚記念で作った物が残されていたので、
こっそりと智紗のダンボールの中に押し込んだ。

智紗が、帰り際に「これサインして送り返して」と言って
封筒をシロウに手渡した。

離婚届だ。

「じゃあ、お元気で。」

智紗が帰って行き部屋に1人残された。

荷物がほとんど無くなっている。
冷蔵庫、洗濯機、テレビ、ビデオ、電子レンジ、
パソコンなどの家電製品と
タンスや食器棚、本棚等家具も。

それにしても何も無いな、こんなに広い部屋だったんだ。。。

シロウは一人暮らしをずっとしていたので、
ほとんどの家電品や家具は揃っていたのだけど、
結婚を機に智紗の親がほとんど全てを新しく買い換えてくれたので、
シロウのものはほとんど残っていなかったのだ。

まずは、家電を買うところから始めなきゃな。。。

離婚届けに関しては、書いたのは覚えているが、
その後智紗が提出したかシロウが提出したかは
覚えていない。

智紗はシロウと離婚してから半年後に再婚し
現在は2児の母として暮らしているらしい。
(共通の知人からの情報)

離婚日記終わり。


趣味に走る
前回で離婚話しは一応終了したけど
別居時の生活について記録に残しておきたい。
(別居はしているがまだ離婚が決まってない頃)

1999年ゴールデンウィーク頃、妻が出て行った。
(↑正確な日は覚えていない)
すぐ戻ってくるだろうと思っていたが戻って来ず
3年ぶりに一人暮らしが始まった。

仕事を終えアパートに帰ってくると、
部屋は真っ暗。
正直寂しい。。。

自然と飲みに行く回数が増えていった。(主に会社の人)

シロウを管理する人もいなくなったので、
お金も使い放題。

休日もやはり寂しさを紛らわすため、趣味に走った。
毎週のように釣りに出掛けた。
(元々大好きな釣りだったが、完全にハマッてしまい
後に大会で入賞や優勝をするまでになってしまった。)
欲しくてずっと我慢していた釣り竿も買ってしまった。
早朝に釣りに出かけて行って、
昼過ぎには家に帰り着くというパターンだ。

ある日、いつものようにBAY-FMを聴きながら
高速道路を飛ばして釣り場から帰ってると
「本日、マリンスタジアムでロッテ対オリックス戦が行われます」
と聞こえてきた。
天気もいいし、デーゲームでも見ながら野球でも見っかな。

アパートに戻らず千葉マリンスタジアムへ。

シロウは物心ついたときから親父の影響
阪神タイガースのファンだった。
関東に住んでる時は、神宮球場や東京ドームに
年数回は阪神の応援に行っていた。
なので、千葉ロッテは地元の球団だけれども
ちょっと気になるくらいで、真剣には応援していなかった。
マリンスタジアムに入るのも初めてである。

「おう!結構いい球場じゃないか~。」

しかし、ライトスタンドだけは熱心なロッテファンで
埋まっているものの観客はまばらでガラガラだった。

デーゲームは気持ちがいい。
球団はこの球場をドーム球場にしたいらしいが、
その計画が表に出る度に、ファンが反対運動を起こして
計画を阻止してきた気持ちが良く分かる。
野球は屋球ではないのだ。
もしここに屋根を付けると、季節の移り変わりも感じることなく
浜風も無くなり、非常に味気ないものになるだろう。

天気がいいので上半身裸になり、球場でビールを飲んでいた。
がらがらで近くに誰もいないので、
全然恥ずかしくないのだ。

気持ちいい~。

もはや野球はおまけである。
一応ロッテを応援していたのだが、
特に真剣に見てるわけではなかった。

しかし、ある事をきっかけに熱心に見ることになってしまった。

す、すごい!!
すご過ぎる!!!!!

続く。。。


小坂ZONE
前回の続き。。。

上半身裸で日向ぼっこをしながらビールを飲んでいた。

気持ちいい~!!

ぼけ~っと野球を見てたら、
目の前でものすごいプレイが。

ええ!?


あれがアウトになっちゃうの!?

小坂すご過ぎ!!

まじで鳥肌が立った。

思わず立ち上がって、拍手をしているシロウであった。

これが球界ナンバーワンと言われる小坂の守備か!!
(小坂は後に守備で1億円プレイヤーになった)

野球の守備は、球場で実際に見ないと上手か下手か分からない。
テレビだと投手と打者ばかり映すので
小坂のポジショニングやバッターが打った瞬間に反応する
打球勘の良さなどが今まで分からなかったのだ。(千葉テレビ)

ヒット性のあたりを、まるで普通のゴロのように軽くさばいてしまう
小坂の守備はシロウが今まで見たことの無いものだった。

当時阪神タイガースファンだったシロウは神宮球場に時々行っており
ヤクルトの試合を見ることが多かった。

当時ヤクルトのショートは宮本選手で、
彼も守備が上手で「うめえなあ~」と感心してたけど
小坂の守備は次元が違う。
宮本には悪いが、比較にならない。
小坂を見た時、それほどシロウにとっては大きな衝撃だった。

体の大きいプロ野球選手の中で、
身長167センチの小坂は目立っており
まるで小学生が一人混じってるかのようだった。
気付いたら小坂のファンになってしまっていた。

(↓Wikipediaより)
守備の評価
俊足とポジショニング、打球反応の速さ、
打球勘などからくる広い守備範囲、
教科書通りと形容される捕球と一体化した安定した送球、
柔らかなグラブ捌きや併殺の処理、
その全てがプロの最高水準である。
全盛時の守備範囲の広さは「小坂ゾーン」とまで形容された。

↓小坂ZONE・・・画像だとイマイチすごさが伝わらないけど、
        見てみてください。
        もはや人間の動きではないですね。
        ネコ科の動物の動きだよこれは。


YouTubeはこちら

http://www.youtube.com/watch?v=8sa4qWXnol0

最初は小坂を見る為だけに球場へ通っていたが、
他にもすごい選手がいることに気付いた。

諸積外野手である。

彼はピッチャーが1球投げる毎に後ろを振り返っていた。
「いったい何をそんなに後ろが気になるんだろう?」
と思って見ていた。

そして気付いた。

なんと、彼が見ていたのはバックスクリーンの上の旗であった。
彼は1球毎に旗を見て風向きと風の強さを確認し
微妙に守備位置を変えていたのだった。

プロってすげえな~。

やっぱ屋外の野球っておもしれえ!!
そう再認識させられた。

もしゴルフがドームで人工芝だったら非常につまらないだろう。
芝をパラパラっと風に乗せてプロは風向きを確認しドライバーを打ち、
グリーンの芝の湿り具合でボールの転がりを予想しパターを打つ。
そういう自然環境も含めてゴルフなのだ。

野球も然り。

大リーグでも一時期ドーム球場が流行ったが、
「やっぱつまんね~よ」ってことで結局屋根を取り外したりして
今はドーム球場はほとんど残っていない。
北海道のような寒冷地はしかたないにしても
日本もドームの屋根を取っ払って、野球の本当のおもしろさを
楽しめるようになればいいな、と思う。

(今回の日記はマニアックになりすぎたかな)

次回、親の洗脳からの脱出へ。

続く。。。


親父の洗脳からの解放
前回の続き。。。

小坂の守備を見るためにマリンスタジアムに
通うようになったシロウであったが
徐々に他の選手の個性も分かるようになり、
弱く地味なロッテ球団であったが、
だんだん好きになっていった。

マリンスタジアムのビール売りのお姉ちゃんとも仲良くなったし。

それになにより、ロッテファンのマナーの良さに驚いた。

阪神とか読売のファンはチームが負けると
メガホンやらゴミやらをグラウンド内に投げ込む
マナーの悪いファンが多かった。
(※最近は警備員が厳しいのでほとんどいません)

しかし、ロッテファンは勝とうと負けようと試合後に
スタジアム内のゴミ拾いをして帰るのだ。
彼らはほんとに千葉ロッテが大好きなんだな~と感心させられた、

シロウは子供の頃から親父の影響で
ずっと阪神ファンだった。
小さい頃は親父に阪神の帽子をかぶらされ、
阪神が勝つと機嫌がよく、負けると機嫌が悪いので
自然と阪神の応援をするようになった。

読売ファンのほとんどがマスコミに洗脳されているように
シロウもまた親父に洗脳されていたのだ。

1985年阪神が優勝して以来、この当時の1999年までの14年間、
ほぼ毎年最下位争いをするという弱小球団になりさがっていた。
でも阪神が大好きだった。
「生きてるうちにもう1回位優勝が見れるかな?
それまでは一生懸命阪神を応援しよう。」
ロッテも好きだけど、ずっと応援し続けてきた阪神も好き。
球団の二股である。

さらに数年後の2002年に星野監督が就任し、翌2003年に阪神はなんと
18年ぶりに優勝してしまうのである。
「長く待たせやがって~グスッ」
涙が出るほどうれしかったが、
同時にほっとしていた。

これで阪神への義理も果たしたし、これからはロッテを応援しよう。

親父の洗脳から解放された瞬間だった。

自分の意志で好きになった球団を応援できる。
これほど素晴らしいことはない。

阪神戦は毎年10~20試合ほど観に行っていたが、
ほとんど観に行かなくなった。

2004年の球界再編成問題が勃発した時、
読売オーナーのネベツネが当時の選手会長古田(ヤクルト)に対し
「無礼なことをいうな。たかが選手が」
と発言し、シロウは激しい憤りを感じていた。

プロ野球選手というものは、草野球も含め
野球を愛する人たちの代表である。
その選手をバカにしたということは、
ファンをバカにしたのと同じことだ。

そういうのもあってナべツネに一銭たりとも使いたくないと思い
東京ドームにはほとんど行かなくなった。

1999年~2003年、ロッテの監督は地味な山本功児で
チーム成績もBクラス(4位以下)の常連だった。

しかし、シロウが阪神と決別してロッテ一筋になってから
千葉ロッテは大きく変わっていくのであった。

続く。。。


小坂のその後と新庄
前回の続き。。。

2004年、千葉ロッテは地味な山本監督から
バレンタイン監督に代わった。

バレンタインの人気はすさまじく、
当時ガラガラだった3塁側のシートも
「バレンタインシート」として発売され、
お客さんが埋まるようになっていた。

※バレンタインシート・・3塁側からだと1塁ベンチにいる
              バレンタインが良く見えるので
              そういう名前になったらしい。
              球団の営業戦略の1つ。
 
今まで、ビールを飲みながら上半身裸で
日向ぼっこしていたシロウであったが、
人が多くて恥ずかしいので、
そんなことはもうできなくなっていた。

すでに熱心な千葉ロッテファンになっていたシロウは
友達とライトスタンドで見るようになった。

バレンタインが就任した翌年の2005年、
千葉ロッテは1974年の優勝以来
なんと31年ぶりにリーグ優勝してしまった。

ロッテファンは20代、30代の若い人が多いので、
ほとんどの人が初めての経験だったと思う。

日本一決定戦の相手はなんと阪神タイガース。
シロウを昔から知る人は「どっちを応援するの?」って
聞いてきたけど「もちろん千葉ロッテ!」と応えていた。
もう阪神ファンであったのは過去のことで、
すでに気持ちは千葉ロッテだけだった。

千葉ロッテ対阪神は、千葉ロッテが4連勝し
あっけなく千葉ロッテが日本一になった。
シロウはマリンスタジアムで行われた試合は
当然のこと観に行っていた。
(何戦目か忘れたけど渡辺俊介が先発の試合を観に行った。)

シロウが大好きだった小坂は優勝の翌年から
育ち盛りの若手、西岡剛に徐々にポジションを奪われていく。
守備のうまさは衰えたとはいえ、まだまだ西岡よりうまかった。
しかし、西岡の思い切りいいバッティングや走塁、
荒削りではあったが魅せる派手な守備、スター性、
チーム若返りの方針などもあって
小坂の出番は徐々に減っていったのであった。

残念なことだが、ベテランは若手にポジションを奪われていくのは
どのスポーツでも宿命である。
そして2006年小坂は読売へ金銭トレードで買われていった。

他球団から引き抜いた優秀な選手が集まる読売で、
小坂の活躍の場があろうはずもなく、
故障した選手や調子を落とした選手の代役や
時々守備固めで出る程度であった。

読売からコーチを打診された小坂だったが、
「現役にこだわりたい」との理由から他球団への移籍を直訴。
そして現在、小坂は生まれ故郷の仙台の球団、楽天でプレイしている。

<おまけ>
全然関係ないけど、新庄選手について。

変な言動やファッションばかり注目されていたが、
彼の守備は本当に素晴らしかった。

特に、打球の落下地点へ一直線に後ろ向きに走って行って
パッと振り返って球を取る技術はすごかった。
まるでアメフトのレシーバーのように。
この技術のおかげで球を見ながら走る他の外野手より
広い守備範囲を誇り、さらに肩も強かった。

一時期、阪神の外野に亀山選手というのもいて
よく新庄と比較されていたが、テレビで見ると
亀山の方が上手に見えるのだが、実際は新庄の方がはるかに
上手だった。
亀山は打球落下地点の判断が悪く、
さらに1歩目の動き出しも遅かったので
ギリギリでダイビングキャッチして捕ることが多かった。
テレビではそれが分からないので、
亀山の派手なダイビングキャッチを見ると
上手に見えてしまうのである。
亀山がギリギリ捕るような球を、
新庄は涼しい顔をして捕っていたものだ。

本当に守備が上手な選手はファインプレーを
普通のプレーのように見せるのだ。
小坂もそうだった。

新庄のプレーで今でも目にはっきりと焼きついているプレーがある。
神宮球場で新庄がセンター、坪井がレフトを守っており
試合は終盤で1アウトランナー満塁の場面。
点差は同点か1点差で緊迫した試合だった。
坪井が守っているレフト定位置付近に高いフライが上がった。
坪井は肩があまり強くないので
「ギャー!!犠牲フライで1点取られたか~!!」と
阪神ファンが悲鳴をあげていた。

その時である、センターから新庄が猛然と走ってきて
レフトの坪井をどかして自分が球を取り、ホームへ矢のような送球。
キャッチャーへストライク送球でランナータッチアウト!!
一瞬にしてダブルプレイ、相手のチャンスを潰した。
このプレイは凄かった。

今までプロ野球は200試合以上球場で見ているが、
もっとも記憶に残っているプレーの1つである。

大空高く舞い上がるどでかいホームランや
(ドームは屋根に当たって台無しだけど)
三振を取りまくるピッチャーも魅力だが、
シロウは守備のファインプレーが一番興奮する瞬間である。

千葉ロッテファンにはそういう人が多いらしく、
ファインプレーがあるとそれが敵チームの選手であれ
立ち上がって拍手をしていた。

それに引き換え、某球団のファンは
「落とせ、ゴルゥア!!」とか
「取るんじゃねえよ、ボケ!!」と見苦しかった。

もっと野球を楽しく見ようよ。

千葉マリンスタジアム、とても気持ちのいい所である。